八田修一・奇跡の言霊ブログ(旧・奇跡の占いブログ)

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help リーダーに追加 RSS 人間は一人では生きられないー“友達”をつくるのは「魂の修練」である

<<   作成日時 : 2006/05/02 23:49   >>

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画像今日は17時で仕事を終えた後、高田馬場駅でおにぎりを2つ購入し早稲田へ。18時から「日本近代文学」の講義だ。教室に入り席に着くと、顔見知りの方を近くに見つけたのでしばし談笑。大学に入学して早1ヶ月になるが、いわゆる“サークル”というものにも入り、それなりにキャンパスに友達も増えてきた。“友達”というのは、この世で魂の旅を往くためになくてはならない存在である。人間は皆、この世に生まれ出る時はひとりぼっちだ。あの世で一人で魂の修行を決意して、わざわざ苦労を経験するためにこの世に生まれ出る。だから、本質的に寂しさを抱えている。それを紛らわし、“他者と幸福を共有する喜び”を知るために“友達”をつくるのである。




講義中、携帯にメールが入った。新卒で入った会社の同期だった“盟友”からだ。


「千葉に帰ってきてるんだ。GWだし、今夜は久々に一杯どうだい〜?」


もちろんだ。講義が終わるやいなや、一目散に東西線に飛び乗った。



“盟友”である彼とのつき合いはもう7年になる。私が浪人で、彼は現役で会社に入ったので歳は1つ下だ。同じ支店、同じチームに配属になり、昼夜問わずいつも行動を共にしていた。アルバイトではなく、正社員として初めて臨んだ、“社会の本当の厳しさ”。住んでいた街も出身中学も一緒だったからか、彼と気脈を通じるのに時間はかからなかった。出会ったきっかけとなった会社はお互い離れたが、その後もつかず離れずの連絡を取り合った。4年前に結婚した彼の披露宴では、私がカラオケでサザンオールスターズの『心を込めて花束を』を唄った。皆、涙が止まらなかったのを覚えている。



一般に、「友達は30歳を過ぎるとできない。それを過ぎると、打算が入るからだ」と言うが、そんなことはない。人間は、その人の人格レベルに合わせて、いつの時代も必要な人間と出逢うようになっている。自分が相手にとってかけがえのない友人になろうという思いで接すれば、必ずその熱意に応えてくれるような好人物が自分の許に集まってくる。逆に、たとえ若くても「こいつを利用してやろう」という卑しい心を持ちつづけていれば、同じように自分を利用しようと企む悪人が寄ってきてしまう。「本当にこいつと出逢ってよかった」と思えるような“盟友”を、人生に2人でも持つことができるなら、その人の今世での人生は幸せと言えるのではないだろうか。




ドイツ古典主義の黄金時代をつくった詩人・シラーはこう言った。



            「友情は喜びを2倍にし、悲しみを半分にする




人間は一人では生きられない。だからこそ人は愛情を求め、友情を探す。


裏切られることも、傷つくこともあるだろう。それもみんなひっくるめて、“魂の学び”である。


本当の喜び、本当の悲しみは、友人をつくって初めて理解できることなのである。





彼とまたの再会を約束して家路についてから、SHINAPSの新譜、『オトイロパレット』に耳を傾けた。




もう一人の盟友が、今日も人生を戦っている。





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