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zoom RSS “現実存在”の自分と向き合うこと、それは与えられた“この生命”を活かすこと

<<   作成日時 : 2006/10/07 01:01   >>

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画像今朝は、強風が雨戸を激しく叩く音で起きた。時計を見ると、5時48分。なんて中途半端な時間だ。とりあえずテレビをつけ、歯を磨く。最近、左の奥歯がなんとなく沁みる感じがする。疲れのせいで、ブラシを動かす左手が甘くなっていたのか。まあそれは置いといて、前夜の味噌汁と焼き魚でとりあえず朝食。今日は100ミリを越す大雨だそうだ。一瞬、大学の方は自主休講にしようと思ったが、今日は最も楽しみにしている「小説論」の二学期第一講だった。多岐祐介先生の軽妙な講義は早大文学部の名物である。聞き逃すのはもったいない。週末で体も頭脳も疲労がピークに達しているが、雨にも負けず今日も都の西北に向かおう。


仕事の合間、昼は谷沢永一著『山本七平の知恵』を読み返す。稀代の読書家として名高い谷沢氏が、日本人論の先駆者・山本七平の著書から重要箇所を抜き出し、コンパクトに解説した良書である。昭和50年の「存亡の条件」で、戦前の帝国議会は一貫して軍部を抑え、予算も議決もその影響力を排して完全に統制した強力な機関であったという記述は慧眼であった。その議会が結果として軍部の独走を許すことになったのだから、その責任は議員を選んだ国民にあったのだ、と。


仕事を終え、いざ早稲田へ。山手線の車内では、高山守・東大教授著『ヘーゲル哲学と無の論理』を開く。二学期は、哲学の講座を多く登録した。過去と未来は繋がっている。他人様の未来を予測し、人生航路に的確な助言をするには、絶対的に“人としての生き方”への考察が不可欠だ。そうでなければ、それはニセモノである。武者小路実篤は『私の貝殻』で「勉強、勉強、勉強、勉強のみよく奇蹟を生む」と言っているが、“奇蹟”とは努力を重ね、運命を変えた上で起こる必然のことを指す。運命は自分の力で変えられる。人生とは自分の力で切り拓くもの。易占でわかるのは生まれる前に定めてきた“宿命”と、どうすれば“運命”を変えられるのかということだ。お陰様で私は今、日本国で最高レベルとされる私立大学で思索ができる状況にいる。この恵まれた環境を、どうして私は天に与えられたのか。それを考える時、私はこの幸運を社会に還元しなければならないという使命感にかられるのだ。


18時より「小説論2」の第一講。多岐先生の声は相変わらず上品にして優雅だ。天下の開成高校出身とは思えない、人間味溢れる洒脱な語り口。それは聴く者を夢中にさせる。フレンドリーな先生で、一学期は学生と古本屋を歩くサークルを行なったようだが、残念ながら都合がつかず行けなかった。後期はぜひ参加したいと思う。その先生が今日、“鯉のぼりの説”というのを唱えておられた。大学で教える授業の内容なんてものは、鯉のぼりのようなものだ。頭から風のように通り抜けて、尻尾からそっくり抜けちまう。それでいいんだ。ノートになんかとる必要はない。ただ、鯉のぼりを降ろして中身を覗いた時、そこには風が運んできた落ち葉が残っている。それは、風の忘れ物。それこそが、人生の宝物なんだよ・・・と。あまりにもカッコ良すぎる台詞に、しばし陶然となった。私はその“落ち葉”の断片を、このブログで日々綴っていきたい。


ひと昔(いや、ふた昔)前、“実存主義”という言葉が流行った。“実存”とは“現実存在”の略だ。わかりやすい言葉で言えば、人間はひとつの目標に向かって進もうとする時、必ずそれが可能であるかどうかについて不安にかられる。それは、心配というよりはむしろ「果たしてこれでいいのか」という前向きな思いを含んだ不安である。そして、ひとつの壁に突き当たる。その壁を越えた時、人はそこに精神的な充足を覚え、自分という人間が確かに存在していることを自覚する。それは、同時にまた別の不安を連れてくる。そしてまた壁にぶち当たり、それを乗り越えて行くーという考え方である。



夢があまりにも遠くて、進めたい踵が怯む時があるだろう。


ケータイを握り締めて、友達がSOSに気づいてくれるのを待ちわびた夜があるだろう。


朝が来るのが怖くて、枕を涙で濡らした夜もあっただろう。



それは、あなたが“現実存在”としての自分としっかり向き合い、もうひとつ大きな自分になろうとしている“脱皮”の瞬間に他ならない。ひとつ壁を乗り越えた人間は、今度は“逃げる”ことを止め、“次の困難も立ち向かう”ことを覚える。その繰り返しを続けながら、ヒトはいつのまにか社会に“辿り着いて”いる。それができたヒトのことを、この世では“大人”と呼ぶのである。



辛くてたまらない日々を乗り越えること。自分のこの世での“使命”を探すこと。


それは、与えられたこの生命を“活かしきる”ことに他ならない。



大いに悩み、大いに苦しむ。そして前を向く。それこそが、生きている“証”。



外の暴風にも負けず、明日も自分が生きている“証”を社会に刻みつけましょう。


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