八田修一・奇跡の言霊ブログ(旧・奇跡の占いブログ)

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help リーダーに追加 RSS 笑いは“人間の業”を肯定するーどんな時も微笑を絶やさずにいよう

<<   作成日時 : 2006/10/17 23:47   >>

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画像お陰様で、母校早稲田大学が秋の東京六大学リーグで優勝を果たした。華の早慶戦が終了したあとは、神宮球場から早大正門前までちょうちん行列を行なうことになる。早大生としては初の参加になるので楽しみだ。昨日の朝「めざましテレビ」を見ていたら、先輩の大塚範一アナがサンケイスポーツを持ちながら興奮した様子で早稲田優勝を喜んでいた。幾つになっても、母校が活躍する姿を見るのは嬉しいものなのだろう。恐らく私も、60歳、70歳になっても、“W”の字を見る度に心を躍らせているはずだ。


仕事が終わった後大学へ行くときは、毎日山手線を利用する。新宿駅を出発してからはまず新大久保へ向かうのだが、いつも窓から見えるは『須藤石材』の巨大な看板広告。今は柳家花緑師匠がCMキャラクターを務めているが、かつては祖父の人間国宝・柳家小さん師匠の愛すべき芸風で人気を集めていた。11年前、学習院大学の一般入試を受験するために目白へ向かった時に見かけたのが最初だ。緊張でこわばった体を、その愛くるしい笑顔で少しだけリラックスさせてくれたのを今でも覚えている。


最近は落語が若い世代を中心にブームだという。ちょっと前はV6の岡田准一主演で『タイガー&ドラゴン』というドラマが放送されていたし、林家こぶ平の大名跡『正蔵』襲名や春風亭小朝らが中心となった「大銀座落語祭」の開催など、何かと賑やかな話題が多い。元々お笑いが好きで構成作家も志した自分だったが、日本の伝統芸能であり笑いの真髄でもある落語に関しては、それほど興味はなかった。本格的に勉強するようになったのは、ソニーのミュージッククラブの会員になり、通信販売で少しづつ落語のCDを購入するようになってからだ。



最近は、故・古今亭志ん朝師匠の『佃祭』を聴いた。神田の小物問屋・次郎兵衛は大のお祭り好き。佃島住吉の勇壮な夏祭りを堪能し暮六つの最終(しまい)船に乗り込もうとした矢先、ある女に袂に縋りつくように引き戻される。三年前、奉公先の金を紛失し絶望から身投げしようとした時に次郎兵衛から金を恵まれ救われた女だった。嗚呼、なんと思いもよらぬ邂逅。佃島に住む女の家で礼のおもてなしを受けていると、次郎兵衛が乗ろうとしたあの最終船が乗客超過で沈没したとの報が。三年前の人助けが巡り巡って己の命を救うとは・・・
この後は抱腹絶倒のオチが待っているのだが、それはCDを聴いていただきたい(私はソニーから裏金などもらってはいないので念のため)。


深く感心したのは、志ん朝師匠の間の取り方と小気味良さだ。昭和の大看板・志ん生の子という毛並みの良さもあるが、聴いていてまるで江戸時代に本当にタイムスリップしたかのような感覚を受けた。漫才で言えば、今でもよくテレビで流れる“やすし・きよし”が『花王名人劇場』で見せた野球のネタのようだ。観客自身がその噺(話)の登場人物になったかのような錯覚を起こさせる、臨場感あふれる芸。子どもの頃は「高級ふりかけ・錦松梅のCMに出てくる、品の良さそうなおじさん」というイメージしかなかったが、落語界で頂点に君臨した男の実力の片鱗をまざまざと見せつけられた気がした。一度、肉眼でその至高の芸を感じてみたかったものだ。



天才・立川談志はこう言った。



落語とは、人間の“業”を肯定する芸なんだ



ひとつの噺の中には、この世を生きる人間の喜怒哀楽が凝縮されている。



それは、確かに“昔の”話かもしれない。



しかし、“心の内戦”を抱える現代人に、とても多くの訓えを授けてくれる。



哀しいときには思いきり泣いて、楽しいときは我を忘れて笑うこと。



そんな人間として大切なことを、落語は聴く者に思い出させてくれる。




そんな訳で、29日は電車の中で三木助の『芝浜』に耳を傾けながら、神宮球場へ足を運びたい。






※私のお笑い遍歴については、3年前の随筆『笑いと涙は紙一重』をご参照を。


http://www5e.biglobe.ne.jp/~puhsan/essay6.htm




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