いよいよ師走に入ったので、ブログの壁紙も張り替えてみた。体調はいまひとつだったが、それなりに活発に動いたこの一週間を振り返ってみたい。先週の土曜は早稲田で中国語の授業後、大学の先輩である西洋占星術師のユピテルジョージさんと、馬場下町前の喫茶店『シャノアール』にて面談。彼は友人の吉田英史君が代表を務める『生命のメッセージ展』にスタッフとして参加しており、その縁で知り合った。彼によれば、私は今までのどのクライアントよりもホロスコープのエネルギーが強かったという。その霊視によれば、私の前世は代々日本人で、みな僧侶や神官といった宗教指導者であったそうだ。日本への思いが人一倍強く、こうしてこのブログで“説法”のようなことをやっているのも、前世の影響だろう。昔、ある人物から「君は弁が立つから、宗教経営のプロと組んで新興宗教でもやったらどうだ。“教祖”になれば儲かるぞ」と真顔で言われたことがあった。私の輪廻転生が少なければ、「この人生は一度限り」と酒池肉林の生涯を夢見たかもしれない。しかしそういう道を選ばなかったのは、やはり“今世の使命”というものを無意識に悟っていたからだろう。“生涯一捕手”という生き様を誇った名野球選手がいたが、その言葉を借りるなら、私は“生涯一易者”でありたい。市井にあって名誉を求めず、神の手のひらに抱かれながら、この生涯を有意義に全うしたいものだ。日曜日は、芸能関係の仕事をしている旧友と池袋の台湾料理店で会食。お互い多忙で、実に2ヶ月半振りの再会であった。最近は某大物アイドルさんのサブマネージャーを務め、テレビ局を行ったり来たりで疲労困憊だという。芸能事務所と組んで新しい事業を始める予定だというので、設立の時期についてまた改めて相談とのこと。彼がかつて長くマネージャーを務めた知人の女優も、先月末に無事女児を出産した。時の流れは、あまりにも速い。1年1年、もの凄いスピードで周囲の状況が変わっていくのを感じる。今年も、いよいよ最後の1ヶ月である。来年は、私の前にどんな出来事が屹立するだろうか。 月曜日は大学で北澤紘一先生の『儒教史』を受講。王陽明の思想と「知行合一」について理解を深めた。1月に行う補講では、普段代々木ゼミナールで行っている講義のような形で、畏まらずに“面白い”内容のエピソードをふんだんに話してくれるという。かつては受験生として予備校界にどっぷり浸かった身としては、代ゼミのトップ講師の授業を少人数制で受講できるような気がして、心が躍動する。早く、年が明けないものだろうか。火曜日は『インド思想概論』の講義に向かう途中、図書館前でサークルの友人のYさんとバッタリ会う。以前、私の鑑定を受けてお名前の一字を変更されたが、以来プライベートが頗る順調なようだ。自分のカウンセリングで幸せになってくれた人を見るのは、本当に嬉しい。このブログのキャッチフレーズは、ご存知の通り『人生に悩むすべての人はこのブログを叩け。』である。八田修一の言霊に触れて、少しでも日々の生活が良いものになった人がいるならば、私がこの世に生まれてきた価値があったというものだ。 木曜日は『神話の世界』の授業。担当は学習院大学教授・中村生雄先生である。「日本書紀」に記された、神武天皇をはじめとする古代の天皇がなぜ100歳を超える長寿であったかという点について、「古代では、現在の一年を二年分と数えていた。よって日本書紀の記述はあながち虚構ではなく、127歳で崩御したとされる神武帝は、今に換算して63、4歳で亡くなったと考えられる」という解説には瞠目であった。現代の日本では、神話時代のことを日本史の授業で全くといっていいほど教えない。日教組出身の左翼教師は都合のいい近現代史を子供に押し付けようと企んでいるが、本当に必要なのは「自分たちの生まれた国はどうやって成立したのか」ということを興味深く伝えることだろう。家庭の事情などで上級の学校へ上がれなかった子供は、貧しい教養しか持てぬまま“大人”になってしまう。教育は、国家の根幹である。様々な場面で危機に直面している今ほど、正しい歴史を教えなければいけない時代もない。 昨日は図書館で調べ物をした後、食堂で夕食をとって家路に。地下鉄東西線での帰り、ふと壁の広告スペースに目を遣ると、そこには『地下鉄開通80周年』のポスターが。「あの日の東京も、乗せている。」というメインコピーと共に、昭和初期の日本橋の写真が飾られていた。「モダンガール」とも呼ばれた貴婦人たちの、優雅な散歩の様子だろうか。その横にあったボディコピーには、「住んでいる町からほんの数駅なのに、母はいつも化粧をした。」と。当時の日本女性たちの上品な振る舞いが、写真と文章から伝わってくる。この人々がつくってきた社会を守らねばならないと、心の中で静かに思った。 夏目漱石が、熊本・旧制五高時代に詠んだ俳句を紹介しよう。 菫(すみれ)程な 小さき人に 生まれたし 今度生まれてきたら、すみれのように小さな人に生まれてきたいー 人間にはそれぞれ、その人生で課された役割がある。 偉くなりたい、注目されたい、他人の上に立ちたいという“情欲”は、人間だから捨て去ることは難しい。だが、そういう煩悩を乗り越えて、無私の境地に近い場所へと心を近づけることができたならば、今世のあなたの魂は大きな向上を見たということ。 そんな境地を目指しながら、来週も一週間、また共に頑張りましょう。 |
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