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zoom RSS 北康利氏に学ぶー時を惜しんで“彊力勉励”すること、それが大業を成す偉人の必須条件

<<   作成日時 : 2008/09/04 20:43   >>

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画像昨夜は仕事が終わった後、パレスビル地下の『鰻 大作』にてうな重(\2,300)を食す。肝吸も飲み干して、いざ出陣。竹橋から、地下鉄を乗り継いで六本木ヒルズへ。長いエスカレーターに乗り、ゴールドマン・サックス証券を横切ってアカデミーヒルズに到着。森タワー40階『キャラントC1』にて、麻布六本木学研究会主催・ライブラリートーク『蘭学者 川本幸民〜近代の扉を開いた万能科学者の生涯』に参加する。今回は、研究会に所属されている旧知の御婦人のお誘いで顔を出させてもらった。今宵のテーマは、我が故郷・兵庫県三田が生んだ偉大な科学者・川本幸民の遺した業績について。講座名と同タイトルの本を上梓された作家・北康利先生による講演が行われた。



研究会に所属する司会の方の先導で、北氏の講演会がスタート。北氏といえば、3年前にベストセラーになった「白洲次郎 占領を背負った男」(講談社)で、第14回山本七平賞を受賞された期待の作家である。東大法学部を卒業後富士銀行に入行し、みずほ証券でも重職を担われたが、今年の6月に退職。現在はPHP総合研究所『時代を考える東京座会』メンバーと中央大学大学院国際会計研究科客員教授を務める傍ら、ご両親の故郷である三田の郷土史家としても精力的に活動されている。最近では、産経新聞での松下幸之助の連載が大きな話題を呼んだ。限られた人間だけでベストセラー作家の講演を聞けるとあって、胸が高鳴った。



話は、『どこから日本の教育は衰えていったのか』という点から始まった。日本が戦争に負けるまでは、「教師が尊敬される時代」で、弟子には“自分もこういう師匠になりたいな”という熱望(=正のスパイラル)が存続していた。しかし、戦後に占領軍から与えられた“悪平等”が蔓延した結果、教師が尊敬されない時代になってしまった。目上の人に尊敬の心を持たないこと、それこそが“本当の敗戦”である、と。深く頷く聴講者たち。



そして、日本が再び国力を盛り返すための秘策として“ものづくり”について話は移る。吉田茂と秘書の白洲次郎が敗戦時、焦土となった東京を見て「日本は終わった」と感じたが、すぐに気付いたことがあった。「そうだ、日本人が残っているー」安い賃金で多くの日本人を使って、得意の加工貿易で日本を復活させる。これが、白洲の通産省創設につながった。ものづくりには、苦しい道程がある。いまは個人主義が蔓延り、徒弟社会では親方が弟子を怒ったらすぐに弟子が辞めてしまう。いま再び国難にあって、「まだ、日本人が残っている」と言えるだろうか。



戦後の日本に蔓延ったもので、一番厄介だったのは“嫉妬”であったと北氏は言う。成功者を尊敬せず、蔑んで引きずり降ろそうという風潮が、どれだけの有為の人材を潰してきただろうか。「みんな、この人みたいに頑張ろうね」という、偉人伝になるような人物をつくらなかったのが精神の退化である。と。北氏は、見事に戦後日本の欺瞞を指摘しておられた。自民党政権下で生活は急速に豊かになりながら、教育の現場では学生運動に挫折した不逞アカ教師が、子供に反日を吹聴する。そして大人になった“夢を持てない世代”は、他人の気持ちなど慮る余裕が持てない。これでは、『大きな物語の継承』など望むべくもない。



話は、本題の蘭学と川本幸民について。幸民が生きた江戸後期は、“蛮社の獄”で高野長英、渡辺崋山が処罰されるなど、蘭学に対して弾圧が加えられた時期であった。その時代にあって、なぜ生命を賭して蘭学への道を進んだのか。“人よりも何かを得よう”“知りたい”という向上心、欲望がまだ社会に生きていたのだ。現代の10代の諸君にとって、“勉強をする作業”とは“何か別の、楽しいことへの対価”という認識であるらしい。『やらされてる感』からは、“知的興奮”など生まれることはあり得ない。緒方洪庵など当時の蘭学者は、一般に“蘭学医”の傍ら、その収入を蘭学塾につぎ込み、ボランティアとして後進に知識の継承を図ったという。これも、『自分がここまで来れたのは、師匠がいたからだ。だから、自分も同じことをして社会に貢献しなくてはならない』という使命感からだという。“正のスパイラル”が、きちんと機能していたのだ。



川本幸民は、『化学』『物理』『尿素』『軽金属』『ブトウ糖』といった、日本人なら誰でも知っている言葉を考案している。晩年の三田藩飢饉時には、私財を寄付して郷里復興に力を尽くした。「その土地のために頑張ろう」という気持ちが、現在の日本人にはあるだろうか。京セラの稲盛和夫は、郷里の鹿児島にICチップをつくる工場を持ってきた。それは、地元の地域経済を支える要となっている。“いつか恩返しをしたい故郷”を持てなくなった現代の日本人は、本当に幸せなのだろうか。北氏の力強い言霊に魅せられた一時間は、あっという間に過ぎていった。



講演の後は、コーヒー&サンドウィッチを口にしながらの懇親と、北先生の著書サイン会。先生には、自分が三田生まれであることに続き、『昼は新聞記者で、夜は早稲田の学生で、プライベートではずっと易者をやっております』と長い自己紹介をする。すると、北先生も占い関係の書籍はよく読んでおられるとのこと。先生のお名前と生年月日を調べたら、やはり後半生で人生の本分を果たされる運命を持っておられた。エリートサラリーマンの椅子をなげうって、筆一本で身を立てる決意は並ではなかったはずだ。城山三郎が昭和後期に『官僚たちの夏』で佐橋滋を描いたように、北先生もこれから、高い矜持で国家のために働いた偉人を精力的に描かれるだろう。益々のご活躍を期待したい。




最後に、川本幸民の言葉を引こう。



英才は 彊力勉励(きょうりょくべんれい)する人の 別名なり




努力を重ねれば、誰もが“英才”になれる素質を持っている。



新しい時代の到来を前に、全ての日本人に“彊力勉励”による奮起を促したい。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
拙いお話をお聞きいただきありがとうございました。今回八田さんに占ってもらった結果は、小生の不安を吹き飛ばすに十分なものがありました。感謝、感謝です。実は今日、宝塚歌劇のかつてのトップスターである安奈淳さんとたまたま喫茶店でお茶をする機会があり、二人とも四柱推命の話で盛り上がりました。彼女も知り合いに詳しい方がおられるそうです。占いは、幸せをただ待っているだけという人に幸福はもたらしませんが、一生懸命頑張っている時にふと抱く不安には真摯に応えてくれます。これからも八田さんはいろいろな方の人生の支えになっていかれることでしょう。新しい出会いに感謝です。
北康利
2008/09/05 19:07
北先生、お忙しい中、当ブログにお越し頂きまして本当にありがとうございます。

先生の有意義なお話の数々を、あれだけの少人数の中で拝聴させて頂いたことは、私の今生の財産になりました。

安奈淳さんも、一度は大病で生死の境を経験されましたね。現在の安奈さんの精力的な活動は、“拾った命を精一杯使おう”という決意の賜物だと察します。

占いは、『変えられない“宿命”を、どう受け入れたら“運命”が変わるのか』を指し示す学問です。“一生懸命頑張っている時にふと抱く不安”に苦しむ人々に、それを克服する『気付き』を与えることこそ、易学に与えられた使命です。


我が国はいま未曾有の国難にありますが、北先生の憂国の思いから涌き出た言霊は、今後も日本人の心を揺さぶることと確信しております。先生は、日本に必要な方です。先生の更なるご活躍を願ってやみません。


また、お気づきの点がありましたらご連絡下さい。

今後とも宜しくお願い致します。
八田修一
2008/09/06 00:13

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