八田靖彦・奇跡の言霊ブログ(旧・奇跡の占いブログ)

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zoom RSS 人生は最後に花開くもの・・・魂を鍛え抜いていつか“真(まこと)の花”を咲かせよう

<<   作成日時 : 2008/11/25 23:18   >>

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画像NHKで放送されている、『爆笑問題のニッポンの教養 早稲田大学スペシャル』を横目でチラチラ見ながら、更新でもしようと思い立った。先日、宮沢章夫先生の授業中にクルーがカメラで教室を撮影していたが、果たして私は映っているのだろうか。まぁそれはいい。例の元厚生事務次官連続殺傷事件も、結局は小泉毅という「ただのならず者」が起こした、自爆テロという形で決着したようだ。国立大学の理工学部に入る頭脳を持っていながら、コミュニケーション能力の欠如を社会への怨念に転化。最後は警視庁に車を乗りつけ、自らの「下らない自己顕示欲」を満たして幕を引いた。この男も結局、戦後の誤った教育の産物だったのだろう。


中曽根康弘が少し前、菅直人志位和夫といった革新政治家に理系が多いことを指摘し、「理系はなんでも計算してしまう嫌いがあるね」と語っていたのを思い出した。「俺のやることに誤謬はない」という過信が、「人の心の痛みがわかる姿勢」を遠ざけるということだろうか。そういえば、いまだに全学連の委員長気取りの政治評論家・森田実も、東大の工学部卒であった。彼らは今も、『計算違い』の人生を続けている。頭脳が明晰なのはいい。ただ、その「天賦」は、真の意味で多くの幸福の為に使わねばならない。それがわからない坊っちゃんは、大学院の研究室で試験管やロボットと「にらめっこ」をしている方が、世間の役に立つというものだ。


日曜の昼は、テレビ朝日の『花説法〜カリスマ尼 涙と笑い女の人生相談』を見ていた。過酷な人生の試練をくぐり抜けてきた3人の尼僧が、その豊富な人生経験を駆使して、迷いの中にある女性達にカウンセリングを施すという好企画であった。滋賀・月心寺の庵主・村田明道尼は御年84歳。不慮の事故で片手の自由を失った尼様が、残ったもう一方の手だけで作る精進料理はプロ級で、この料理を求めて全国から悩める人々が参集するという。池脇千鶴が主演した、7年前の朝の連続テレビ小説『ほんまもん』で、野際陽子が演じた尼さんのモデルがこの方だという。女性の悩みといえば、やはり恋愛がつきもの。結婚と出産を迷っているギャル系の(明らかに人間の母親になるには未熟な)20代女性の相談に、明道尼様は険しい顔をして、声を絞り出すように、こう言い放った。


戦前の教育が全て良かったとは言わない。
しかし、戦後の誤った男女同権教育に悲しいひずみがあった。
自由奔放こそが自由だという悲しさ。
全てが、自由の履き違え。
男は、子供生めない。陰と陽が結合して、初めて子供ができる。
結婚は、惚れたはれただけではない。
共に命を賭けた作業。
子孫長久を遺すためにする大事業です



戦争の惨禍、絶望の淵を経験してきた人間は、やはり言霊の迫力が違う。『子供を産む』ということは、本当に尊い使命だ。なぜ、その使命が女性にのみ与えられたのか。それは、女性が“神仏の代理人=太陽”だからに他ならない。人間は母親の子宮で10ヶ月間、羊水に包まれて過ごした日々のことを、無意識の意識できちんと記憶している。同じ親でも、父の存在は逆立ちしても母のそれに敵わない。“あの世”からやってきた「勇敢な魂」を、八石四升(母乳)で大切に育てる。夫と妻が共に協力して、立派に社会に送り出すための“お手伝い”をする・・・“異性を愛する”という感情は、そういう“奉仕”のためにある。日本人を憎んで憚らない、上野千鶴子や遥洋子といった「懲りない面々」も、明道尼様の許で一週間ほど“強制修行”でもさせたら、あの腐った性根を叩き直すことができるだろうか。わざわざ、“おひとりさまの老後”など過ごす必要は全くない。私たちの祖先が営々と築き上げてきた「温かい家族の肖像」をつくらせまいとする勢力の存在は、これからの光の世界には不要である。



昨日は、芸能関係の仕事をしている友人と上野で会う。仕事の忙しさはひと山越えたが、これからもうひと山あるという。忙しいようで何よりだ。焼肉を食べたあとは、カラオケを3時間。先日保釈された小室哲哉を激励する意味で、TM NETWORKのナンバーを数多く歌った。借金地獄に喘ぐ、彼の生活の足しにでもなればと思ったのだ。名曲『STILL LOVE HER〜失われた風景』をリクエストすると、この曲がエンディングテーマになったアニメ『シティーハンター』の映像が流れる(写真)。もう、20年も前の話だ。大人になった今でも、あの頃の彼が紡いだ楽曲を聴くと、胸が躍る。小室メロディーは最近よりも、やはり昔の方が光っている。いつまでも、“あの頃”が続いてくれれば良かったのだが・・・。そんな感傷に浸っていた時、ふいに世阿弥の『風姿花伝』の一節が頭を掠めた。



声も姿も溌剌とした若い頃の芸は、それはそれで美しいが「時分(じぶん)の花」であり、


「真(まこと)の花」ではない





人生は、そして魂の旅は、永遠の“修行の連続”である。



若い頃に栄誉を得たのは、それはそれで本人の努力が認められたからだ。しかし、それは本当の意味での“成功”ではない。



どれだけ、自分を磨けたか。どれだけ、人間として尊い生き方を悟ることができたか。




齢七十、八十になってはじめて、“真の花”を咲かせることができるのではないかー




“時分の花”を得たなら、それに胡坐をかかず、さらに自分の魂を磨くことが肝要だということ。





光に満ちた世界がやってくることを信じて、共にいつか“真の花”を咲かせましょう。



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