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zoom RSS デザイン小論ーグスタフ・クリムトが絵筆の向こうに描いたものとは

<<   作成日時 : 2009/08/17 01:43   >>

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画像6月11日・18日の講義で取り上げられた、グスタフ・クリムトについて記したい。思春期真っ只中であった高校生のころ、クリムトの絵を見て受けた衝撃が忘れられない。『接吻』では相手を心から愛する優しい響きが聴こえてくる姿に感動し、『ダナエ』は自慰に耽る女性の姿に興奮した。しかし、ダナエに関してはゼウスが黄金の雨に姿を変えて彼女と交わり、ダナエの股間を流れる金の雨はやがて男児ペルセウスを生むための神聖な儀式の賜物であったこと、見落としていた『黒の矩形』は“男性”を表していたことを後になって知ったことは興味深かった。



画像クリムトと同時代を生きた人物としては、アドルフ・ヒトラーが挙げられよう。彼は国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)に入党するはるか昔、1908〜14年の6年間で2000枚の絵を描いたという。しかし、絵描きを夢見た少年は、美術学校に落第する。“巨匠”への道を絶たれた代わりに、“総統”となった彼。いま見ても狂気を覚えるゲッペルス演出のアジテーションは、“本当にかなえたかった夢をとり逃した哀しき少年の、自分を受け入れなかった社会への怨念の雄叫び”であったのだろうか。


クリムトは絵画だけでなく、額縁も自ら制作したというエピソードは興味深かった。あの蛇のウロコのような額縁の、主役である絵画そのものの補助を超えた“名脇役”ぶりは筆舌に尽くしがたい。4月の第1回講義で『装幀』について触れられたが、その中で菊池信義の『装幀の役割は、書店で人々の心を本に誘い込む事である。しかしそれは商品としての本という事からだけではない。言語という表現手段で表された本という物は、一人一人の読むという行為の内で真に一冊一冊の本という物になるのだと考えているからだ。依頼された作品ごとに、作品のうちから装いを考え、その考えを来たるべき読者の目で、読者の手の内で形にしようと心がけて来た』という名言が紹介されている。クリムトにとっては、実は絵画そのものよりも、額縁の制作の方に力が入っていたのかもしれない。


画像クリムトといえば、一貫してその作品の根底に流れているのは狂おしいまでの『エロス』である。私はクリムトと対極に位置する画家としてシャガールを意識する。若年期には『ワイングラスの二重肖像』や『エッフェル塔と新婚夫婦』でほのぼのとした異性間(仲睦まじい夫婦)の愛情(最初の妻ベラ・ローゼンフェルトとの日々)を描き、晩年は再婚を経て宗教絵画の高みへと到達したシャガールは、死の寸前まで艶福家としての本能を貫きそれを創作活動の活力としたクリムトとは別世界にいる画家であるように思える。ジャンルは違うが、小説家にたとえればクリムトは日本の谷崎潤一郎のような存在であろう。芸術家クリムトが60代、70代まで生きながらえていたとしても、そこには“枯淡の境地”というものはありえなかったはずである。



画像クリムトと同時代を生き、深く交流を持った画家として、エゴン・シーレが挙げられよう。28年の短い人生を疾走した感のあるシーレ。私は『Fighter』と『母と二人の子供』という、あまりにも対照的な2つの作品が好きである。強さへの願望と、愛情への渇望。クリムトの絵画は『愛の妄執』から生まれたが、自身がインフルエンザで死ぬ3日前に妻を亡くしたシーレにとって、彼の作品は愛すべき家族をつくろうとしてそれを果たせなかった『生そのものへの執念』であったのかもしれない。



画像シーレは表現対象としての自分にフォーカスを当て、自慰に耽る自画像なども残しているが、クリムトはそうはしなかった。私論だが、これは本人のビジュアルに関係しているのではあるまいか。シーレの写真は非常にハンサムだが、クリムトは禿げ上がった、それでいて中年太りの写真しか残されていない。画像『自分に興味がなかった』のではなく、『醜い自分を作品として残したくなかった』のではないか。また日本の小説家の例を挙げると、不倫愛の果てに自ら命を絶った太宰治も、ハンサムにもかかわらず最晩年の写真は生え際が大きく後退し、妖怪のような風貌をしていた(高い自意識か、その写真は多く残っている)。性豪には禿頭が多いというが、クリムトも情事を重ねた果ての醜い自分の風貌を、記憶の奥底に沈めたかったのではあるまいか。



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シーレは『友情』という作品で、クリムトは『水蛇』でレズビアンのセックスを描いた。当時は(現代もなお)カミングアウトなど社会的に認知されていない同性愛をテーマに挑んだことは評価されるべき業績だ(現代風の言葉で言えば“リベラル”だろうか)。おそらく両者の美意識の片隅で、『男という汚い生き物を自分の作品で登場させたくない』という思いがあったのだろう。そのせいか、描かれた女性は専門用語で言うタチ(男役)とネコ(女役)にくっきりと分かれている気がしないでもない。


奔放に生きた感のあるクリムトだが、1915年に母親を失ってからは色使いに暗さが出てくる。女を渡り歩いた男が欲していたのは、結局『優しい母の愛』であったのだろう。リベラルな生き方をしてきた人間ほど、親の死に大きな衝撃を受けるという。それは、自分がそういう生き方をできなかった罪の意識からであろうか。その“罪”が、後世の人々に大きな感動を与え続けているのなら、それは『やさしい罪』として、神に祝福されるべきものであろう。クリムトの魂が永遠であることを願ってやまない。(了)




                                         
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