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zoom RSS 目に見えない温かさを胸に・・・“やり甲斐”のある時代を共に築こう

<<   作成日時 : 2010/05/23 17:16   >>

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画像普天間の移設問題は日米合意で辺野古に決着したという。一体、今までの騒ぎは何だったのだろうか。昨日の朝は、田勢康弘氏の『週刊N新書』を見ていた。番組の前半では、衆院安全保障委員長を務める民主党の安住淳が、ヘラヘラしながら今後の政局について話していた。なんの信念もない電波芸者。“脳水大臣”赤松広隆と並ぶ、早稲田の恥ずべき先輩である。現政権の最大の欠陥は、「誰も危機感を感じていない」という点であろう。毎日新聞の松田喬和専門編集委員が、15日の朝刊で「鳩山内閣の懸案は基地、献金、景気の“3K”であったが、それに加えて機能不全に陥った『官邸』を入れて“4K”だ」とうまい事を書いていた。挽回の切り札らしい“第2回事業仕分け”も、国民を支持を取り戻すには至っていない。革マル派シンパの行政刷新大臣と中共スパイの自称台湾女が、日本人の智恵であった明治以来の強固な官僚制度を解体せんと奮闘する図に、真の意味での“危機感”を感じていた者が一体、日本に何人いたであろうか。夏の参院選では、民主を惨敗に追い込まねばならない。日本が生き残るか、滅ぶかどうかの瀬戸際である。国民各位は心して、7月11日を迎えてほしい。



画像家庭内を舞台にした事件がよく報道されている。私が先月まで住んでいた千葉では、76歳の老人の家に押し入り、刺殺した上で十数万円を奪い更に放火したとして、平野重治という土木作業員の男と15歳の娘が逮捕された(平野は私が『人名に使ってはいけない漢字』で挙げた“重”の凶字が入っている)。この男、被害者である老人の孫をストーカーし、執拗に交際を求めていたという。それにしても、次元の低い身勝手な理由による殺人に娘を引き込むとは、なんという鬼畜だろうか。先月は愛知の豊中で、30歳の長男が家族5人を殺傷しやはり放火するという事件があった。長男は中卒のあと10年以上引きこもりを続けていたが、父親にインターネットの契約を無断で解約されたことに激昂し凶行に及んだという。繰り返す内容だが、戦後日本はGHQによる家制度の解体と日教組の台頭(実存主義・脱構築)によって個人主義が奨励された。なんとか昭和の終焉までは戦前の遺産を維持して持ちこたえたが、平成の始まりと共に保守が翳り、昭和20年代に撒かれた毒が日本中を本格的に蝕んできた。ここで最初の話に戻るが、『週刊N新書』の後半で『保証人紹介ビジネス』というものが横行している実態を紹介していた。家族間の繋がりが希薄になった現代社会の風潮を利用して、身寄りのない若者に「就職・家探しの際は保証人になります」と持ちかけ金をふんだくるという。「国内保証援助会代表」を名乗る富永準一郎(写真)というこの悪党、「福田」と別の名を名乗って被害者からの内容証明も「郵送事故で届いていない」とシラを切っている。鳩山由紀夫と同じサイコパス(反社会性人格障害)の可能性もあるだろう。親の顔が見てみたい。昭和日本型の温かい家族社会が衰退すると、この富永のような卑しい金儲けを考える馬鹿が出てくる。“リベラル”の先にあるのは、他人を信じられない“殺伐とした社会”である。繰り返すが、次の参院選が日本にとっての最後のチャンスだ。





画像大阪支局に着任してから、取材と並行して関西の経済団体への挨拶回りを続けている。谷町線の夕陽ヶ丘駅で降りた際は、星光学院の前にある和宗総本山四天王寺に寄った(写真)。聖徳太子が推古天皇元年(593年)に建立した、日本最古の官寺である。中之門をくぐると、無数の地蔵様が迎えてくれた。そのお顔一つひとつが本当に眩しい。古代の日本人が自らの生き方を“神道”と自覚し始めたのは、欽明天皇の時代に仏教が百済から伝来してからだ。聖徳太子の父・用明天皇が帰依したことから日本に定着したが、同時に用明帝は皇室神道の祭司も続けていた。廃仏を唱えた物部守屋は蘇我馬子に滅ぼされたが、縄文文化以来の大衆神道は根強く残り、日本人は神仏習合を“智慧”として選ぶ。人は死ぬとまず“ホトケ”になり、そして“カミ”となる。排他的ではなく、仲間を大事にして、周りのために生きる。寺院の中をまわったが、ここにもそこにもあそこにも、神様と仏様が仲良くにっこりと微笑んで、迎えてくれているような気がした。関西赴任中はこれからも幾度となく訪れて、神仏のお知恵をお借りしたい。




司馬遼太郎の生前最後の対論集となった『日本とは何かということ』(NHK出版)で、司馬は山折哲雄(国際日本文化センター教授)とこんな対話を遺している。



山折 日本人は、特定の宗派とか、特定の教義に、ぞっこん身をまかせるのを避けてきたようなところがあるのですね。特定のセクトに、それこそドグマティック(教条主義的)に帰属することを嫌ってきたと思うのです。



司馬 嫌いです。


山折 こういう態度は、それなりにこれからの未来を拓く、重要な宗教的感覚でしょうね。宗教的な境界を少しづつ取り払っていくというか、宗教的なセクトの垣根を低くして、それに代わって、宗教的な自然感覚というものを、いろいろな形で浮上させていく、そういう感覚を大事にしていくということですね。


司馬 そのようにしたいですね。そういう自然な宗教的感覚、仄(ほの)かなアニミズムの感覚でしょうか。つまりどこかの山に入って、谷間を見て、そこに一種の美しさとか、懐かしさ━懐かしさというのは、千年前 の懐かしさのような懐かしさ━を感じたりするという精神の中に、日本人の宗教感覚が入っている訳ですからね。そういうわりあいいい感じの宗教感覚を生かして、世界にひとつの調和を与える━というと少しおこがましいのですが・・・・・・。私たちは非常にシャイな民族ですけれども、そういう調和を与えるという役割を担う、ということをやってみたらどうだろうか。そういうことを、いまの日本の若い人に向かって言えそうですね。


山折 そうですね。そういう意味では、非常に面白い時代がやってきたという気がしますね。


司馬 面白い時代です。われわれは自分自身を説明する言葉を持てば、次の世紀は、日本人にとって、わりあい、やり甲斐のある時代になると思いますね。




当時は平成7年。阪神大震災にオウム真理教事件、そして時の政権は亡国の村山社会党と、日本が培ってきた“秩序”が目に見えて崩れ始めていた時だ。





日本はいま、あの頃よりも更に深い混迷の中にいる。




自分自身を説明する言葉を、あなたは持つことができるだろうか。




“やり甲斐”のある時代を呼び寄せるために、少しづつでも勉強を続けてほしい。





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