八田靖彦・奇跡の言霊ブログ(旧・奇跡の占いブログ)

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zoom RSS 必ず来る夜明けに向かって・・・かつてなかりし苦しさをたへゆく強き民となろう

<<   作成日時 : 2011/04/17 20:31   >>

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画像震災から1ヶ月が過ぎた。民主党政府は相変わらず無策無能を曝しているが、気仙沼では朝市が再開されるなど、市井の自助努力により復興への胎動が徐々に聞こえてきている。私がかつてキャストとして身を置いた、東京ディズニーランドも営業を再開した。ミッキーとの再会に涙する子供達の姿を観ると、やはりエンタテイメントは現代人に必要不可欠なものだという思いを強くする。プロ野球では、我が早稲田の斎藤佑樹が初勝利を飾った。北海道から素晴らしいプレーで、被災地を励ましてあげてほしい。石巻には今週、歌手の長渕剛氏が訪問して自衛隊や被災者の方を激励する姿が映し出されていた。氏の九州産業大の後輩にあたる江頭2:50さんも、そのボランティア活動が高い評価を受けていたが、今は九州だからとか関西だからとかは関係ない。日本人が団結して、再建へ歩を進めることが肝要である。無事だった地域は無益な自粛はせず、活発な経済活動で被災地を支えれば良い。個人的には最近、仕事で和歌山によく足を運んでいる。地元の有力者と懇談しつつ、日本再建に思いを巡らす毎日だ。震災に前後するが、今日はそこら辺について記しておきたい。



画像JR和歌山駅で降りると、いつもお世話になっている、取材先の社長の息子さんが中央改札で迎えてくれた。御曹司は早稲田の先輩ということで、仕事抜きでいつも大変良くしてもらっている。まずは昼飯をということで、ご友人が経営されている友田町の割烹料理店『輪一』へ。若大将が、朝から石引き自家製粉を丹精込めて打ち込んだ蕎麦に、舌鼓を打つ(写真)。今までに感じたことのない、未知の食感だ。食べながら、御曹司と学生時代の思い出から、和歌山経済の現状について語り合う。大阪に就職した若者が帰って来ず、県内の高齢化が進んでいることがいま、最も深刻な問題であるようだ。東日本の大震災で、日本経済はこれから更なる縮小を余儀なくされる。せめて関西だけでも頑張って、東北を支えていかねばならない。



画像お蕎麦をご馳走になった後は、御曹司の運転でしばしドライブ。雑賀崎にある番所庭園(ばんどこていえん)へ足を運ぶ。ここは万葉時代神亀元年(724年)10月、聖武天皇が和歌の浦に行幸された際、お供の藤原卿が庭園から見える漁火を見て詠んだ『紀の国の 雑賀の浦に出て見れば 海女の燈火 波の間ゆ見ゆ』という歌で余りにも有名な土地だ(写真はその歌板)。幕末時は、開国を迫り紀州藩領海を侵犯してきたロシアの威嚇に備え、六千人の藩士と四千人の地域住民を動員して台場で大砲や要所の配備を行ったという。国の一大事には、官民で力を合わせて外敵と対峙するー江戸末期にはまだ、日本人に独立国の気概が間違いなく残っていたのだ。翻って、現代の日本に生きる我々は、先祖の心構えを正しく継承できているだろうか。



画像大阪への帰途、JR紀州路快速が山中渓という駅で止まった。停車中の僅かな時間、車窓から見える咲き誇る桜に心を奪われる(写真)。近くには、参拝すると子宝に恵まれるという子安地蔵尊もあり、その影響か、温かいオーラが土地全体を包んでいるようだ。隠れた花見スポットとして知られているのだろうか、多くの人が訪れている。皆、幸せそうな顔だ。車窓から撮影した写真を、長崎に滞在中の友人の霊能者に送ると「凄い力を感じるから、長く大切にして」とメールが返ってきた。真ん中の反射した光のようなものは、どうやら妖精らしい。震災以後、繰りかえしテレビで放送された津波の映像や写真の影響で、PTSDを発症した人も多いと聞く。このブログではこれから、読んでくださる方の魂が癒され、生きる勇気を持ってくれるような写真も、言霊とともに意識的に掲載してゆきたい。





夜明けは、間もなくである。




自然への畏敬を忘れずに、正しい心で、希望ひとつ持って、生きてゆこうではないか。







三千年 かつてなかりし苦しさを たへゆく強き民となりたり  結城哀草果



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コメント(10件)

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八田様、再三再四の拙筆失礼いたします。

そういえばインターハイの開催地が北東北(青森、秋田、岩手)で行われるそうです。私も鳥取の片隅の高校で陸上(槍投げ)をする身としてひそかに現地(陸上だと岩手県北上市になりますか)での開催を切望している次第でございます。

さてこんな話を聞きました。
先月三重で全国強化合宿があったそうです。東北からの参加者は宮城県からたった一人だけでした。どうやら本人が行きたいというと意外なことに校長も顧問も快諾し、車で4日かけて現地に出向いたそうです。

こうした人ほど試合でのかなりの活躍が期待されますし、これから社会に出ても第一線で活躍すると信じたいです。
山岡
2011/04/18 19:16
初めてコメントします。ふるさと和歌山の話題に心弾む思いです。今年は見る機会がなかったけれど、大好きな山中渓の様子を見ることが出来ました。それから「紀伊中ノ島駅」の写真、なぜか気になっていた場所なのです。今度帰ったときに訪れてみようと思います。1年程前にこのブログに出会ったのも何かのめぐり合わせだと思っています。私は2年余り前に今の危機を知りました。それを気づかせてくれたのは、数年前に亡くなった両親だと信じています。特に大好きだった母が、今も導いてくれているのを強く感じます。腹立たしいことがありすぎますが、「絶対に生き抜いて夜明けをむかえたい」そう思っています。
菜の花
2011/04/19 14:41
菜の花様、はじめまして。いつもご愛読、ありがとうございます。


菜の花様の温かく、お人柄が伝わってくる文章に心が洗われました。ご両親は今も、近くで見守っておられますよ。この世で共に過ごした時に、分かち合った思い出を大切に、再会の日を楽しみに今を生きてください。そして、これからの日本の再建に、力を貸してください。


このコメントを書いている間に、35歳になりました。まだ肉体年齢は若いので、もう暫く、この国の行く末に思いを巡らせたいと思っています。

今後とも宜しくお願い致します。
八田修一
2011/04/20 00:16
お初のコメント失礼致します。
お初とは言いながらも、以前父を通じて八田様とはお話をさせて頂いた事のある者です。早稲田祭では八田様のご好意で、姓名判断をして頂いた事も御座います。
その節は大変お世話になりました。
この場を通じて心より御礼を申し上げます。
私は新しい船出の為に、東京にて更なる修行をしようと身構えている時でありました。しかし、この関東大震災の影響で急遽実家の福岡へと帰郷致しました。帰郷してすぐは、心身共に喪失しておりましたが、仲間や故郷に戻った私を温かく支えてくれた両親や地元の友人達の何気ない行動や、笑顔に非常に癒されました。そして、「私達のような若者が、今やらずして何をやるのか。輝く未来を掌に握っているのは私達だ。先輩方の助言を聞き入れ、自らの糧とし、日本という国をその名の通りに変え、更なる輝きある国にしよう。」そういう想いが沸き上がってきました。自分の愛する国を更に素敵に変える力というのは、案外身近にあるものなのかもしれません。遠出しなくては分からない事もあるかと思いますが、心身共に疲れ果ててしまった今の私達の力の源は、家族や本当に大切な友人・知人の心の内や、本当に何気ない言動の一つに隠されているのではないかと感じるのです。私も震災で影響を被った者の一人ではありますが、必ず私の第二の故郷である東京へ帰ると心に決めております。時折、【家族】【友人】という言葉のフレーズに、自然と涙を流す事があります。私のような若輩者が、本当にその言葉の意味を理解しているのか分かりませんが、何故か涙が流れるのです。更に、その言葉の中に限りない力を感じます。これからも自身の研鑽と、関東の更なる復興を祈念し、そして、東日本大震災にてその尊い命を落とされ、また、余震や人災に怯えながら日々を過ごされている方々の心中が少しでも安らぐようにと、心より念を送らせて頂きます。
餅ねこ
2011/04/20 06:32
八田様、お誕生日おめでとうございます。
私は年女なので、八田様よりは1つ年上ですが、10月生まれなので、少しの間は同級生ですね!(すみません)
八田様にとって、良い1年でありますように。長崎から、HAPPYな気を送りたいと思います。

ところで八田様は、長崎へはいらっしゃったことがあるのですか??
長崎は各季節において代表的なお祭りがあります。
夏は精霊流し、秋はおくんち、冬はランタン祭り、そして春は帆船祭り。明日から始まります。
帆船祭りの時期が来ると、いよいよ初夏がやってくるような感じがします。
今、長崎はつつじが咲きとても綺麗です。

毎日お忙しいでしょうが、気分転換に長崎へもぜひ、いらしてください。長崎の街並みも素敵ですが、美味しい食べ物もたくさんありますよ。(私は食いしん坊なので)

ところで、義弟が災害派遣されている宮城県は、一向に復興への作業が進んでいないとのこと。無能な政府が指示を出さないので、瓦礫の撤去1つもできないとのことです。
自衛隊の食事はまだ乾パンなどの非常食で、お風呂も4〜5日に1度だと。
自衛隊の方々は、日本を守ろう&復興させようと使命感に駆られていますが、その気持ちとは裏腹になかなか行動に移せない・・・(上からの指示がない)。もどかしいと。言ってました。
どうにかならないのでしょうか・・・。

それから先日の、おみくじの件、ありがとうございました。とても良いおみくじだったので、お守りとして、持ち帰ってしまいました。

八田様の桜のお写真、とっても心が和みます。
ありがとうございます。



るーちん
2011/04/20 10:17
餅ねこ様、コメントありがとうございます。
血涙のメッセージに、心を揺さぶられました。

人間は、一人では生きられない生き物なんですね。
本質的に寂しさを抱えている。
だから友達をつくり、恋人を欲し、家族を築く。
そういう人間関係の中で、ヒトは“子供”から“大人”になってゆきます。

今回の大震災は様々な意味で、現代の日本人に“気づき”を与えました。

国というのは、いま生きている者だけのものではなく、死んでいった祖先とともにあるものです。

祖先がいなければ、今の日本はありません。戦後、余りにも日本人は恵まれすぎたたために、大切なものを失いました。それは“感謝”と“畏敬”の心です。

三食に困らず、温かい服を着て、高等教育を受けられる。幸福なことです。一体、これ以上何の不満があるんでしょうか?この期に及んで、まだ差別だの、もっと金が欲しいだの言うのでしょうか?

恥を知りなさいと、天から言われているのですよ。しかし残念ながら、この国の支配層は、反省することはできませんでした。庶民は相変わらず目覚めない。上から下まで、“大人”ではなく、“子供”だらけの国になってしまったのです。あくまで私の仮説と妄想ですが、来月以降、未曾有の天災が日本を襲うでしょう。八百万の神の怒りと嘆きは、それほど凄まじいということです。洗浄と淘汰を繰り返して、生き残った日本人で、国を再建するという形になると思います。

あなたは素晴らしいご両親と、素晴らしいお友達に恵まれました。幸せなことですね。他人の心の痛みがわかるあなたならきっと、いいお母さんになれるでしょう。今は、周りの人々の温かさに思いきり甘えてください。

夢を叶えることに、遅すぎるということはありません。

餅ねこさんの未来が明るいことを、ずっと祈念しております。
八田修一
2011/04/20 23:07
八田様、35才のお誕生日おめでとうございます。 そして、こちらこそこれからもよろしくお願いします。                      4月20日は私の兄の誕生日と同じですね。残念ながら、46年前に17才で亡くなりましたが。年齢が分かってしまいますね。              長渕剛さんの自衛隊への訪問は、本当に感動しました。心からありがとうと言いたい。自衛隊員にこそ癒やしが必要だと思います。
菜の花
2011/04/20 23:32
菜の花様 連日ありがとうございます。

実は今日も、和歌山に足を運んでおりました。それも、あの高野山に近い“妙寺”です。白洲正子が随筆でも触れ、天照大神の妹君を祀る神域でした。また近々写真をアップしたいと思いますが、周囲は山深く、現地で話した方も優しい方ばかりで心が洗われました。私が生まれた、昭和50年代前半の風景でしたね。先週は県庁に参りましたが、夏まで毎週、仕事で訪問する予定です。

夭折されたお兄様の分まで、ひたむきに生きてこられたのですね。本当に頭が下がります。お兄様も、彼岸で同じように歳を召されておられることでしょう。この世でのお勤めを終えてあの世に帰られたら、こちらで経験した様々なことを沢山報告してあげてください。きっと、菜の花様の今世での修行の軌跡に、心から喜ばれると思いますよ。

私も、11年前に逝った祖母と、5年前に亡くなった愛犬に会いたいです。夢にも出てこないので、今の私を全然心配していないのでしょうけど(笑)

長渕さんには、昭和63年に発表した『NEVER CHANGE』という名曲があります。『親子ゲーム』というドラマで共演した志穂美悦子さんと結婚し、待望のお子さんが生まれ家族ができた喜びを歌った、温かい歌です。そのお子さんである文音さんは最近、女優デビューされました。今でも、思い出したようにカラオケで歌う一曲です。昨夏は『歸國』で久々に演技を見せてくれましたが、これからも悲しみに打ち震えている人に生きる希望を与えるような、音楽や芝居を続けて欲しいと思っています。

こうして返信している間に、誕生日が終わりました。

36歳までの一年も、自分なりこの国を護るために、働きたいと思っております。
八田修一
2011/04/21 00:06
おはようございます。

八田様は毎日、いろんなところを飛び回られて、本当にお忙しそうですね。御苦労さまです。
お体には、十分にお気を付け下さいね。

ところで、今年の夏の台風には気をつけようと、私の周りでは口々に言っています。
ここ何年かは、夏の台風が九州を直撃していないからです。(とくに北部九州)もうそろそろ、大きいのがきてもおかしくないと、地元の者は思っています。
正直、怖いです。
日々を心して、生活していかなければなりませんね。

みなさんが仰っているように、今回の地震を通じて、私たち年代も、子どもたちも、毎日3食食べれて、家があり、暖かい布団で寝れる。
また、学校で教育が受けられる、暖かい給食が食べられることが、どんなに幸せなことかを実感させられているような気がしました。
贅沢を言えばきりがない、世の中ですものね。

我が家の子どもたちも、TVを見るたび、「幸せね、ぼくたち。」「ありがたいね。お布団で寝れること」と自然に言葉に出るようになりました。
毎日食前、食後の「いただきます。ごちそうさまでした」が心なしか、大きく言っているように感じます。

今の子どもたちは、大丈夫のような気がします。
その反面、私たち大人は・・・。
子どもたちに教えてもらっていることばかり。
日々、反省です。




るーちん
2011/04/21 09:21
るーちん様、コメントありがとうございます。
昨夜は疲れ果てて早く寝てしまいました(笑)

お心遣い、大変恐縮です。
体だけは、昔から丈夫なんですよ。入院したことも一度もありませんし。一日集中して寝れば、疲れも大体取れますね。強い身体に生んでくれた母に感謝です。

仰るとおり、ないものばかり挙げていくと不満だらけの人生になる。満たされない人生は辛く苦しい。それが極まると社会を恨み、破壊する行動に出る。宿業を打開するという意識がなければ、その魂は決して癒えません。

逆に、いま身の回りに“ある”ものを挙げていくと、そこに感謝と幸福の感覚が生まれます。食べるものがある、着るものがある、寝る場所もある。なんて自分は幸福なんだろう、と。そういう人は、『自分だけ美無事なのは申し訳ないから、何か返そう』と思う。貧困な者は他人から奪うことを考え、豊かな者は他人に与えようと願う。後者のような、境涯の高い人生を送りたいものです。

るーちん様のお子さんは、きっと、これからの日本を背負うお役目をお持ちでしょう。これからも大切にお育てください。

八田修一
2011/04/22 12:37

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