八田靖彦・奇跡の言霊ブログ(旧・奇跡の占いブログ)

アクセスカウンタ

zoom RSS “血”の宿命を受け入れた役者達の生き様に拍手を━七月大歌舞伎に足を運んで

<<   作成日時 : 2012/07/30 02:31   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

画像新橋演舞場にて上演されていた、澤瀉屋公演『四代目市川猿之助襲名披露・七月大歌舞伎』の夜の部に足を運んだ。その時のことについて記しておきたい。お昼に、今回の公演チケットを取ってくれた早稲田時代の友人であるМ嬢と上野で待ち合わせ。当日は土用の丑の日ということで、今回のチケットを取ってくれたお礼に、駅前の割烹『伊豆栄本店』にてうな重を御馳走した(写真)。森鴎外や谷崎潤一郎といった文豪にも愛された、260年の歴史を誇る老舗である。最近のウナギ価格高騰の影響をやはり受けたか、女中さんがお膳を持ってきてくださった際に「最近の厳しい状況で鰻が小さくなってしまってすいません」と言葉を添えてくださった。窓からは不忍池を臨み、更にこれから触れる芸術についてあれこれ語りつつ最高級の贅に舌鼓を打てるのだから、それだけでも良しとしたい。


画像上野で腹ごしらえした後は、東京メトロで銀座へ移動。三越に寄り、地下の食料品コーナーに向かう。モロゾフのプリンクーヘンと、幕間に食べる夕飯のお弁当を購入。準備が整ったところで、タクシーで新橋演舞場へ。入口は、開演を待つ多くの観客で一杯だ。歌舞伎は全くの初心者なので、中に入る前にイヤホンガイドを購入。眼前には、二代目市川猿翁、四代目市川猿之助、九代目市川中車に初舞台の五代目市川團子の口上での姿が、特大のパネルとなって飾られていた。初の歌舞伎鑑賞が歴史的な公演とあって、弥が上にも胸が躍る。入場した後は、開演まで時間があったので場内を散策。2階に上がると、朝倉文夫作による七代目松本幸四郎ら、歌舞伎界の功労者の胸像が並んでいる。元々は歌舞伎座にあったものが、改修中はこちらで展示しているようだ。平櫛田中作による六代目尾上菊五郎像の迫力には、暫し身体が固まった(田中の「いまやらねば、いつできる。わしがやらねば、たれがやる」という田中の言葉が私は好きだ)。襲名披露グッズが展示してあったので、取引先へのお土産に焼菓子(写真)を購入した後、1等A席(¥19,000)に着席。イヤホンガイドを耳に入れた。いよいよ開演である。


画像第一幕は、真山青果作「将軍江戸を去る」。大政奉還を目前にした最後の将軍・徳川慶喜は、一度は朝廷に恭順の意を示したものの、血気盛んな彰義隊の熱意と二百六十年の天下に自らが幕を引くことへの忸怩たる思いに苛まれ、下野の翻意に傾いていた。それを察知し、徳川家存続のために奔走する山岡鉄太郎の奮闘ぶりが描かれている。第一場・上野黒門前で山岡鉄太郎役の九代目市川中車が登場。客席からは大きな拍手。大河ドラマで何度も香川照之の名演を観ているからか、丁髷姿には全く違和感がない。声がかなりかすれていたが、連日の熱演で喉を酷使したからだろうか。歌舞伎俳優の発声の仕方は、現代劇とはかなり異なると聞く。少し心配になった。将軍慶喜役の市川團十郎は、遠くの客席から観ていても、放つオーラの強さが違う。市川一門の宗家、大看板の迫力が、台詞なしの場面でも観る者に何かを訴えかける。高橋伊勢守役で出演した海老蔵の演技を初めてきちんと観たが、なんと美しい声の持ち主なのだろう。父の重厚さとは違った、繊やかな芸と言えば良いのだろうか。第三場で、千住大橋での慶喜が、水戸へ蟄居するために一歩を踏み出す場面は、圧巻であった。あの場面の凄さは、日本人にしか理解しえないものであろう。


画像続いては『襲名口上』。 定式幕に代わり、新・猿之助の畏友・福山雅治から寄贈された祝幕が登場(写真)。隈取りを融合したというその見事な幕を撮影しようと、多くの観客が携帯電話を舞台に向けシャッターを切っていた。亀治郎は、福山のラジオ番組にハガキを投稿していた程の熱烈なファンだったという(後に念願かなって、NHK大河の『龍馬伝』では、龍馬を暗殺する今井信郎役で共演)。幕が開いた。舞台向かって左から、初舞台・團子、初御目見得・中車、亀治郎改め猿之助、そして團十郎、海老蔵。まずは團十郎の挨拶。5年前のパリ公演の時のエピソードに触れながら、澤潟屋の更なる繁栄を祈る、と。海老蔵は、亀治郎がライオンキングを何度観ても、初めて観たように感動する心の綺麗な持ち主であることを披露。團子が初舞台で「猿翁のおじいさまより、ずっと立派な俳優になることが私の夢でございます」と述べた事について「なんと大それたことを言ったのか」と話し、客席の爆笑を誘った。四代目猿之助は、「一所懸命に」というフレーズに力を込めた。中車は「生涯をかけて九代目中車を名乗らせて頂く責任を果たして参りたい」と決意表明。團子は、海老蔵の妹・市川ぼたんの許に日本舞踊の練習に行っていたという。「どうぞよろしくお願い、も〜うしあげ〜たてまつりまする〜」と、堂に入った口調での口上に、客席は爆笑しながら温かい拍手を送った。なんとも微笑ましい場面であったが、一点だけ気がかりがある。今回の昼の部は、梅原猛原作の『ヤマトタケル』が上演された。梅原は東洋哲学の研究者でありながら、左翼的な主張を行う危険人物だと私は看做している。猿之助も中車も梅原の思想に傾倒していると聞くが、歌舞伎は、日本文化の最後の砦の一つだ。伝統芸能を背負う者が、それを破壊せんと企む者に利用されるようなことがあってはならない。30代40代の役者には大いに期待している。だからこそ、しっかりと勉強して、歴史を背負い、つくってゆく作業の重さを心に留めてほしい。「歌舞伎に対する信頼感、伝統への安心感を、僕らが失ってはいけない」という、猿之助の言葉を信じたい。



画像第三幕は猿翁十種から『黒塚』。阿闍梨裕慶(團十郎)が山伏たち(門之助、右近)と托鉢修行行脚の途中、陸奥の安達ヶ原で日が暮れて、人里離れた野原の庵に辿り着き、一夜の宿を乞う。謎の老女が住むあばら家で、寝付けない祐慶が、片隅の糸車を見つけて糸繰りを頼むと、老女は糸を繰りながら仕事歌を歌い悲しく辛い境遇を嘆き、それを、祐慶が、慰め諭す。寒いので薪を取って来ると言って立ち上がり、戸口で引き返して、留守中に寝室を覗いてはならないと言い残した老女。見るなと言われれば見たくなると、祐慶の制止を聞かず同行の強力(猿弥)が覗いてみると、そこには人の死骸が山積みであった。安達ヶ原に薪取りに出た老女は、阿闍梨から仏の道を説かれ心の曇りが晴れたて嬉しくて、童女の頃を忍び無心に踊る。しかし、そこへ動転して必死になって逃げて来た強力を見て、祐慶たちの背信を知り、悲しみと怒りのために鬼と化す。鬼気迫る井出達で食い殺そうと挑む鬼女を、踏み止まって五大尊王に祈って調伏しようとする裕慶たちとの息戦いの果てに、鬼女は力尽きた・・・“人を信用しては裏切られる”という、人間世界の悲哀をテーマにした秀作だ。老女岩手実は安達原鬼女を演じる、猿之助の月光をバックにしての踊りが秀逸。また、強力演じる市川猿弥の、全身で驚きを表現した芸にも瞠目した。名優揃いの名作、心より堪能した贅沢な時間であった。


最後は『楼門五三桐』。いよいよ、二代目猿翁の登場である。市川海老蔵演じる大盗賊・石川五右衛門と真柴久吉の粋なやりとり。巡礼姿の猿翁は、脳梗塞で倒れて以来8年ぶりの舞台だという。セリから出てきた時に、割れんばかりの拍手が生まれた。“澤瀉屋!”と声も飛ぶ。一番の盛り上がりはここだったのではないか。紅梅役の市川春猿も、大変に妖艶で印象に残った。


カーテンコールは、澤瀉屋一門が勢揃い。舞台中央に猿翁が立つ。後見の黒衣を呼び寄せると、その正体は中車であった。自らがこの世に生を受ける前、それを魂の修業として選んだ“血”という宿命。“それ”に翻弄されながらも“それ”を受け入れ、今世での自分の道を、自らの手で照らしてゆく人々。日本人が歌舞伎を愛するのは、役者の生きざまそのものが“ドラマ”であるからだろう。勁い心を持った優しき役者たちに、これからも惜しみない拍手を送りたい。




画像




関連記事:

この人生は“毎日が一世一代”・・・二度と返らないこの一瞬を自己の陶冶に充てよう

歌舞伎小論ー伝統芸能の松明(たいまつ)を継ぐ者たちの魂に触れたい

夢に年齢は関係ない・・・なお辛く苦しいときも、己の目標に食らいつけ

人間は独りでは耐えられない・・・だから心通い合う“連れ”を探す旅に出よう

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
“血”の宿命を受け入れた役者達の生き様に拍手を━七月大歌舞伎に足を運んで 八田靖彦・奇跡の言霊ブログ(旧・奇跡の占いブログ)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる