誰か国士を知らないかーいま、再び田中角栄を想う
しんしんと雪が降っている。東京は、今夜積もるらしい。ロマンティックな気持ちになる歳はもう過ぎたが、新しい時代(日本にとっての春)が来る合図のような気がする。仕事を終えた後、五大紙各紙と出たばかりの週刊誌に目を通していたが、17時過ぎになって、小沢一郎民主党代表の第一秘書が西松建設の裏金の件で東京地検特捜部から政治資金規正法違反容疑で逮捕されたというニュースが時事通信から入った。政権交代に王手と言われていた民主党だが、これで政権交代は難しくなったかもしれない。最近の小沢の発言には首を傾げていた。第7艦隊の件は、党内に巣食っている旧社会党系への恫喝に聞こえたが真実はどうだろうか。私も取材記者なら、積雪にも負けず今ごろ永田町周辺をうろうろしているだろう。小沢に鳩山由紀夫、岡田克也といった今の民主党主流派は、源流を辿ると“あの男”に辿り着く。戦後の宰相で、最も日本のために戦った男、田中角栄である。手許に、一冊の本がある。
戸川猪佐武が書いた『田中角栄伝ーその土着と大衆性の軌跡』。
まだ角栄が自民党幹事長で、いよいよこれから天下を窺うという時期に出た本である。
新潟の貧農の子に生まれ、吃音に悩んだ少年時代。上級学校に行く金がなく、夜は洪水のような涙で枕を濡らした十代。建設会社を興し、人を指導する勘を培った青年期・・・不世出の大衆政治家がいかにして創られたかが、丹念な取材と豊穣な筆致で記されている。
角栄は、貧しさからの脱却を目指した政治家であった。新幹線をつくったのは、土地の不均衡による東京一極集中を解消するためだった。日本が自前のエネルギーを供給する為には、石油が必要だと自ら調達に動いた(ためにアメリカに睨まれ、ロッキードの冤罪を被せられた)。第一次田中政権の布陣を見た時、中村慶一郎(後の三木武夫首相秘書官)は「この政権は永久政権か」と驚愕したそうだが、人心を集め“誰にも不満が残らないように”ポストと金を割り振った。官僚の操縦もお手のもの。「不肖角栄、小学校しか出ておりません。ここにおられる東大卒の皆さんには、思い切り仕事をして頂きたい。責任に関しては私が全てを負う」ー会った誰もがファンになった、その人間的魅力は今も多くの日本人の記憶に残っている。日本人同士、わざわざ喧嘩することはないじゃないか。みんなで仲良く、幸せになろうや・・・それが、誰からも愛された人間・角栄の真骨頂であった。週刊誌で『日本のベスト&ワースト総理大臣ランキング』という企画をやると、角栄は必ず“ベストでもワーストでも1位”になる。これほど日本人から愛され、これほど日本人に嫌われた総理大臣は、もう2度と出まい。竹下登が小沢や橋本龍太郎を引き連れて反旗を翻した2週間後、角栄は脳梗塞で倒れる。“越山会の女王”と呼ばれた秘書の佐藤昭子によれば、毎日浴びるほど酒を呷り、千鳥足で事務所に来ていたという。角栄はその絶頂期、細川護煕と一緒にゴルフをやることを楽しみにしていたそうだ。「貧しい農家の出の俺の会社(派閥)に、皇室に連なる血筋が来た」と言っては、彼に大蔵政務次官や参院予算委員長と、恵まれたポストを与えた(細川が感謝していたかは別)。学歴もコネもない、裸一貫で一国の宰相に上り詰めた男も、我が子同様に可愛がった弟子たちの裏切りは堪えたのだろう。角栄は、秘書の早坂茂三に「共産党だって同じ家族(日本人)だ」とまで言ったという。今の政界は、一体どうだろうか。愚かな弟子たちが与野党に分かれ、政治をオモチャにしてはこの国の進化を妨げている。唯一、角栄の遺志を継いだ小渕恵三も、国益のために本気で戦ったがために葬られた。角栄の手法を“上辺だけ真似た”小沢一郎もいま、その政治生命が絶たれようとしている。角栄の怨念が巡りめぐってきたのか、それとも「日本を悪魔の思うようにはさせまい」とする守護神・天照大神の戒めか。
早坂茂三著『宰相の器』(92/クレスト社)の冒頭に記された、角栄が“天下を獲る条件”として挙げた台詞を引こう。
「人の好き嫌いはするな。誰に対しても一視同仁。いつでも平らに接しろ。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
他人の為に汗を流せ。できるだけ面倒を見ろ。
手柄は先輩や仲間に譲れ。損して得をとれ。
泥から逃げるな。進んで泥をかぶれ。約束事は実行せよ。
それを長い間続けていれば敵が減る。
多少とも好意を寄せてくれる広大な中間地帯ができる。
大将になる為の道が開かれる。
頂上を極めるには、それしかない」
先日、早稲田から神楽坂まで、久々に歩いて帰った。
石畳の道を往くと、小唄が聴こえてくる。
角さんが愛した女性は、この街で芸妓をしていたという。
頂点を極めながらも愛に飢え続けた男と、やはり愛に飢えた女は、この街で、打ちひしがれた魂を慰めあったのだろう。
少しだけ目を瞑ると、空耳か、どこかで角さんの鼻唄が聞こえてくる気がした。
・・・誰か、国士を知らないか。
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