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zoom RSS 道教小論―老子と霊験記が現代日本に伝えるもの

<<   作成日時 : 2010/02/18 15:52   >>

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画像道教(Taoism)について講義で思索を深めた経緯から、特に現代の日本に必要な精神を拾い上げたい。私は社会人学生で、昼間はとある新聞社に勤務している。企業のプレジデントと話す機会も多々あるが、その中で「若い頃に読んで感銘を受けた書物はありますか」と問うた際、やはり「老子の第○章の・・・」という答えが返ってくることが多い。『老子』七十八章には『天下に水ほど柔らかく弱弱しいものはないが、それでいて堅く強いものを攻めるとなると、水に勝るものはない。それというのも、何者もその本性を変えることはできないからである。弱弱しいものが強いものに勝ち、柔らかいものが剛いものに勝つということは、天下に知らぬ人はいないのだが、さて、それを行動に示せる人はいない。そこで聖人はいう、「国家の恥辱を一身に引き受ける人、これを社稷の主といい、国家の不幸を一身に引き受ける人、これを天下の王という」と。真に正しい言葉は、世の常識とは反対のように聞こえるものである』とある。どんな国であっても、汚れた部分を一身に引き受ける人は建国の主であり、国家の不運を一身に受ける人は天下の王であると、聖人は言う。しかし、実際には、都合の悪いことやトラブルを部下に押し付けたり、栄光を独り占めするようなトップが多い・・・連日マスコミを賑わせている某与党幹事長の疑惑を想うと、この言葉が“様々な意味で”心に響いてくる。“真に正しい言葉は、世の常識とは反対のように聞こえるものである”とは楠山春樹先生(文学博士・早稲田大学名誉教授)の解説だが、まさしくそれは現在の我が国の政治状況を見ても言い得て妙であろう。


昨年の初旬に、編集工学者・松岡正剛氏の人気サイト『松岡正剛の千夜千冊』で老子が取り上げられた時があった。その解説の終盤で、松岡氏は夏に行なわれる衆議院解散・総選挙を見据えて、こんな記述を残している。

「日本では老子はしばしば安岡正篤ふうな講義が流行していて、それこそ政治哲学に流用されてきたのだが、これに代わる老子講義が一般向けにもリーダー向けにも新たに待望されているということだ。ぼくはこれに関しては手をつけたいとは思っていないけれど、そうならば誰かが取り組んだほうがいい」

私は昨年、安岡正篤の最後の弟子と言われた、陰陽師の先生に直接訓えを乞う機会を得ることができた。私自身易者として、様々な組織のキーマンから運命鑑定の相談などを受けることがあるのだが、私も松岡氏と全く同じ考えだ(早大在学中の論跡は、氏のそれとは対極ではあったが)。今ほど、老子の訓えが世間に膾炙されなければならない時もないと感じる。いつの時代も日本は、草莽崛起の志の高い傑物が世界を引っ張ってきた。「国の不幸を引き受けるのがまことの王者」だと老子は説いたが、いまこそ日本人が、人類普遍の道徳律である“老子”にいま一度、思いを馳せ、真の“天下の王”を奉じるときではなかろうか。 


続いて、杜光庭が著した『道教霊験記』の巻十五、「程克恭拝章祈雨験」についても触れておきたい。先に触れたように、私は仕事やプライベートで企業の経営者と話す場面が多い。働き盛りの団塊世代がかなりの割合を占めるが、その中で「俺が大学にいた頃は学生運動全盛期だったから、中国文学にかぶれたね」という台詞が出てくることがある。その経営者達がかつて心酔した共産思想(現在も潜在的に正しいと勘違いしているかもしれない)は、やはり彼らが心奪われた“道”という思想を抹殺してしまった(この21世紀の時代にも、破綻したその思想に迷妄している愚物が早稲田の学内に多く見られるが)。中国という国にパラダイム転換が起きたのは、ほんのここ60年である。その前に何千年と大陸を支配してきた思想は、遠い昔の中国人が“有意義に人生を送るコツ”として奉じてきた、普遍の道徳律と言ってよいものだろう。


『道教霊験記』にある「程克恭拝章祈雨験」には、籍縣の主簿である程克恭という、“道”を好み真理を探究してきた、律儀な一人の男性の誠実な生き方が起こした奇跡の様子が描かれている。居を構えていた眉州の本群をひどい日照りが襲ったあと、別荘で供物を準備して上章を行い雨乞いをすると、焼いた上章文から黒い蛇がゆっくりと這い、にわかに雲が現れ雨が降り注いだという。それも、雨乞いをした程克恭の住む眉州にのみ降り、他の地域には降らなかったというから、なんとも辛辣なメッセージを我々に問い掛ける訓えである。


日本には古くから、“お天道様が見ているから悪いことはするな”という考え方があった。言うまでもなく遣隋使や遣唐使の持ち帰った、中国から輸入した思想と言って差し支えないだろう。真面目に真理を追究し、ひたむきに目に見えない神仏に向かって崇敬の念を示せば、豊かな人生を送ることが出来るーという、ごくごく自然な智慧である。日本は林羅山、平田篤胤といった人物が築いた江戸の国学思想を引き継いだ明治から最近の自民党政権に至るまで、ずっと保守政治の系譜が続いてきた。しかし昨年の総選挙で、史上初の極左勢力を包含した政権が誕生する。現在の政権は、王朝がいくら交代しようと変わることなく連続して根づいていた嘗ての中国の普遍の道徳律ではなく、戦後に出現した『中国共産党』という異形をそのまま日本に移植するのが目的なのだろうか。その究極は“皇室の廃止”があろう。民衆の自民党への失望によって成立した現政権だが、その出現は、いよいよ我が国にも“実存主義という毒”がまわってきたということだろうか。例の“習近平騒ぎ”は、上海閥と北京閥の権力闘争が絡んでいるので一筋縄ではいかないが、日本国民の“天皇への帰依”と、中国という“巨大な厄介者への生理的嫌悪”が普遍であることを証明した、注目すべきエポックであったと言えよう。


紀暁嵐は、「四庫全書総目提要」の中で次のように述べている。


「後世の神仙と妖怪の痕跡は、ほとんどが道家によって付けられたもので、道家はそれを誇っている。神仙伝・道教霊験記などがそれである。もともとは、主に自分を清浄に保ち、忍ぶという力を利用し、柔によって剛を制し、退くことによって進むのである」


架空の生物に人生普遍の道徳律を託した中国の先人と、それを輸入してうまく改良してみせた偉大な日本の先人への敬意を、現代に生きる我々は忘れてはいけない。(了)

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