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zoom RSS 舟のほかに我はなし・・・その謙虚さが名声と内なる充足を連れてくる

<<   作成日時 : 2010/05/09 15:51   >>

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画像昭和の大女優・北林谷栄さんが亡くなられた。『日本のお母さん』を演じた女優といえば京塚昌子さんの姿が真っ先に思い浮かぶが、若い頃から老婆役を演じていた北林さんは、まさに『日本のお婆ちゃん』の代表的存在であったといえよう。北林さんといえば一般的に、名優・宇野重吉が率いた『劇団民藝』の看板女優として知られているが、私の世代では日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞された『大誘拐/RAINBOW KIDS』での名演技が印象深い。動脈瘤破裂から奇跡的に生還した後の、78歳での映画主演。自ら誘拐のシナリオを描いて年下の者たちを翻弄する大地主の老婆役は、当時中学生であった私も痛快に感じた。天界でも、素晴らしい演技で多くの魂を魅了されることだろう。享年98。合掌。



画像大阪支局転勤にあたって、将来的に記事のネタになりそうな資料を詰め込んだダンボールを開けて整理していたら、タイミングが良いと言っていいのかわからないが、石原裕次郎が『リーダーの魅力』という見出しで、宇野について語った記事のプリントが見つかった。『プレジデント』の昭和55年1月号というから、ちょうど30年前の文章である(写真)。当時は裕次郎と宇野が『松竹梅』のCMで共演し、大きな評判を得た頃だった。石坂洋次郎の『乳母車』で初めて共演した時、「あいつは犬猫だな」と宇野に言われたこと。それから12年後、五社協定を破って石原プロを創立、会社の命運を賭けた『黒部の太陽』への協力依頼で頭を下げに行った時、「お前さんも大人になったなあ」と笑って励ましてくれたこと。最後は「私にとって宇野さんは、兄貴(石原慎太郎)とともに何かあればきっと相談するであろう数少ない人の一人である」と締め括っていた。裕次郎自身が文中で「酒のCMが評価されたのはイデオロギーを超えた男と男のよさがCMに出ていたから」と語っているように、当時の石原プロは政治的スタンスは保守、宇野は言うまでもなく左翼として鳴らしていた。しかし2人の間には、芸術家として、また組織を率いる経営者として共鳴し合うものがあったのだろう(宇野の長男の寺尾聡が当時石原プロに所属していたということもあっただろうが)。ページの終わりには、昭和54年春の劇団民藝公演『にんじん』を演出中の、宇野の温かい笑顔のショットが。芸術へのこだわりと集団生活の両立という難事を乗り越えてきた、“人物”の姿そのものであった。昭和の終幕と共に鬼籍に入った裕次郎と宇野の御霊に、平成22年の現代より、改めて敬意を表したい。



画像金曜の夜は、フジテレビで『勘三郎が泣いた!勘太郎挙式 さよなら歌舞伎座』を観た。十八代中村勘三郎と、その家族に密着した一年半。私が子供だったとき勘三郎はまだ勘九郎で、父である先代の人間国宝・十七代勘三郎が健在であった。勘九郎時代はクイズ番組の解答者や現代演劇の役者というイメージが強かったが、今や押しも押されぬ歌舞伎界の頂点である。

勘三郎襲名後の数々の業績が、次から次へと映し出される。下男・正助が僅か20秒後に花道から登場して絵師・菱川重信に早替わりした姿には驚嘆した。脈々と受け継がれる、大芸人の血だろうか。厳しい芸道に打ち込む一方で、息子・勘太郎と女優・前田愛の挙式では、その晴れ姿を見ることなく逝った前田の実母に思いを馳せ、声を詰まらせる温かい一面を見せる。そして、この番組の最大の見せ場は、先代勘三郎時代から中村屋に仕えてきた“最年長お弟子さん” 中村小山三氏の大病と復帰の場面だ。 御年89歳、取り壊される現・歌舞伎座をその誕生から見つめてきた長老の存在は、勘三郎にとってあまりにも大きい。入院で歌舞伎座終幕には間に合わない事態が懸念された中での小山三の復帰の挨拶に、人目を憚らず号泣する勘三郎(写真)。当代一の歌舞伎役者という栄光を恣(ほしいまま)にしても、彼には自分一人で今の栄光を勝ち取ったという驕りは微塵もないのだろう。人は、一人では生きられない。どれだけ、喜びも悲しみも分かち合える仲間を持てるか。その数の分だけ、ヒトは今世で“魂を磨いた”ということが言えるのだろう。




今日は、曹洞宗の開祖・道元の『正法眼蔵・全機』から一節を引きたい。


生というは、たとえば人の舟にのれるときのごとし。

この舟は、われ帆をつかい、われ舵をとれり、われさおをさすといえども、

舟われをのせて、舟のほかに我なし、われ舟にのりて、この舟をも舟ならしむ、

この正当恁麼時(しょうとういんもじ)を、功夫産学(くふうさんがく)すべし。

この正当恁麼時は、舟の世界にあらざることなし、天も水も岸も、

みな舟の時節となれり、さらに舟にあらざる時節とおなじからず。

このゆえに生はわが生ぜしむるなり、われをば生のわれならしむるなり。

舟に乗れるには、身心・依正、ともに舟の機関なり、

尽大地・尽虚空、ともに舟の機関なり。

生なる我、われなる生、それかくのごとし。


(意訳)

生ということは、たとえば人が舟に乗って動かしている時のようなものだ。

この舟を、この私が帆を使い、舵を取り、棹を指しているのではあるが、

舟が私を乗せているのである。

つまりこの動いている舟の他に私はなく、私が舟に乗って初めてこの舟を舟たらしめているのである。

まさにこの、ふたつがひとつとなっている、大切な瞬間のあり方に思いをめぐらし、学ぶべきである。

まさにこの瞬間においては、あらゆるものが舟でないということがない。

空も水も岸も、みな舟との時期となっており、この瞬間においては舟と一体となっていない時の他の時期とは、

全く様子を異にしている。

この摂理から、生はわたし自身が生たらしめているのであり、

一方で生がわたし自身をわたし自身たらしめているのである。

舟に乗っている場合は、わたしの部分である肉体とか精神、客観とか主観とかは、

いずれも舟の中心的な部分である。

またわたしの外にある一切の大地、一切の空間もまた、舟の中心的な部分である。

生きている自分も、自分の生も、元来このようなものなのである。





自分一人で『生きている』のではなく、周囲の人々の温かい協力があって『生かされている』という謙虚さを忘れないこと。


与えられた使命と真摯に向き合い、それを果たすことで社会にどうやって役立ちたいかを自問自答する時間を持つこと。



どんな舟に乗って、厳しい人生航路の帆を進めるか。



そのことについて考える習慣を、できるだけ若い時代に身につけることを奨励したい。



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