八田靖彦・奇跡の言霊ブログ(旧・奇跡の占いブログ)

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zoom RSS 平成23年総括―品格ある“大人の国”の再建に向かって

<<   作成日時 : 2011/12/28 11:22   >>

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画像年内最後の更新である。平成23年の掉尾をふるうとき、やはり3月の東日本大震災を抜きには語れまい。3.11は、バブル崩壊以降も大した危機感を持たず、“管理された享楽”に酩酊する日本人に、ある程度の衝撃を与えた。交通機関のマヒ、自分達が高支持率を与えた総理大臣の愚かさ、そして統治機構の機能不全を逸らすための脱原発運動の先鋭化等、戦後の日本人が“考えること”から逃げてきたツケが一気に回ってきた、記憶に残さざるを得ない年であったと言えよう。オーウェルは『1984年』で“疑問を持たない方が得なときは、疑問を感じない“世界を描いたが、2011年の日本はまだ、1984の呪縛の中にある。


最近、カラスが人間を襲うケースが多くなったと聞く。本来は精神性の高い人霊の格が、動物霊のレベルまで落ちていることの証左であろう。一度キレたら、後先を考えず気に入らない相手に攻撃を加える。とりあえず金が欲しいから、裁判を起こしてでも賠償金を求め血税を掠め取る。毒の入った音楽に狂いながら、娼婦のようなファッションで享楽に耽る・・・動物は理性を持たず、すべて本能で行動する。祖先がどんな思いでクニをつくったか、そんなことに興味はない。自分達が社会の構成員であるという自覚もなく、ただ心のままに往くだけ。先の大震災で最も私が衝撃をおぼえたのは、天皇皇后両陛下が足立体育館を訪れた際、胡坐をかいた姿勢でマスクもとらずに若者が拝謁した写真を見た時であった。彼らの親は一体、どういう教育をしてきたのか。戦後、66年。日本にかつての“日本人”は著しく減少し、“動物”が国の中枢から底辺までを占めるようになった。


世田谷区の、セシウム騒ぎも記憶に新しい。あの土地から出ている政治家の顔を思い出した。区長は社民党出身の過激派、衆議院議員は煙草も男も大嫌いな、頭の狂った現厚労大臣の婆さんである。あの騒ぎは他でもない、工作員の素性を見抜けず為政者に選らんだ、“世田谷愚民”の自業自得である。2年前の夏、総選挙で民主党が300議席を獲ったときに私は「これからの日本は地獄絵図になる」と予測した。結果は、この通りだ。現在の混乱、不安は全て“不勉強、非常識、恩知らず”の3ない日本人の愚行が生み出している。その象徴であり、我々への更なる未曾有の試練の号砲となったのが、3月の東日本大震災であったと言えよう。


世に言う“社会学者”(ニューアカやらセカイ系やら)が偉そうに3.11以後の日本を語っているが、彼らのような職業は、本当に社会の役に立っているのだろうか。先日、朝日新聞で古市憲寿という売り出し中の若手学者を見かけたが、言っていることが余りにも幼稚で失笑してしまった。聞けばフェミニズムの泰斗である東大“不名誉”教授の上野某の薫陶を受け、ピースボートに乗って平和を考えてきたという。社員3名の有限会社で役員を務めていることを自らの社会性の証明にしているようだが、所詮フリーターに毛が生えた程度のものだ。最近の大学院の修士論文は、かつての学士論文のレベルであるという。90年代は宮台真司がフィールドワークと称して女子高生と援助交際を繰り返していたが、日本の社会学者とは結局、先祖の築いてきた叡智を否定して、ただ自慰を繰り返す中2病患者ではないのか。ニーチェの言を借りればそれは「人間」ではなく「ラクダ以下」だ。他人に頭を下げて、会社組織で嫌な思いをしながらもお金を稼ぐという経験のない者は、“本物の社会”では使い物にならない。


画像私は昨年まで早稲田の学生だった。入学した当初は子供の頃から憧れた大学に入れたと意気揚々だったが、教授や学生といった私をとりまく周囲の、余りの幼稚さと人間的未成熟に愕然とした。目上や年上の人間に敬意を払わない。自分の世界以外に興味がない。就職したくないからという理由で、なんとなく大学院に残る・・・在学中はこのブログでは敢えて書かなかったが、毎日が溜め息の連続であった。日本で最も偏差値が高いとされる私立大学が、この惨状である。在学中、易者として少しだけ有名だった私に嫉妬した男子の早大生が、『2ちゃんねる』に私の罵詈雑言を書いたスレッドを次々に立てるという暴挙に出たことがあったが、「今なら許してやるから出てこい」と呼びかけたら、あっという間に逃走した。偏差値は高くとも人間としては最低な、情けないガキである。少し前、“Digitalひえたろう”という命知らずの小僧が、私の人格を否定するようなことを自身のブログで書いていたことを思い出した。一度も会ったことのない人間に対して、どうしてあそこまで残酷なことを書けるのだろうか。余程、親の躾が悪かったのだろうか。“想像力の欠如”というのは怖い。私がどういう人物と知り合いで、私を本気で怒らせたらどういう事態になるとか、そういうことも知らずに軽挙妄動に出る彼らは、やはり“子供”と言わざるを得ない(“ひえたろう”は懲りずに匿名で多くの人々に喧嘩を売っているようだが、生霊に負けて、大阪湾に浮かぶような事態にならないことを祈る)。今年はtwitterを使った犯罪予告も多発した。本能で思いつくまま気軽に書き込みを行った結果、そこには何があるか。痛い目に遭わなければ、“子供”は学習できないのだろう。


年末はNHKで司馬遼太郎の『坂の上の雲』を観ていたが、小説とはいえ、あの時代の日本人がいかに気高く、誇りをもって生きていたかが伝わってきた。僅か100年で、民族とはここまで劣化するものなのだろうか。まあ戦後の教育が全て、日本人の牙を抜くための策謀であったということであろう。



“優しい”だけでは、駄目だ。そして、“頭でっかち”なだけでも駄目だ。



情緒で、物事を裁断してはいけない。多くの東北の人々の命が奪われたのは痛ましいに決まっている。何故、あの災害が起きたか。何故、現在に至るまで復興は進まないのか。それを、上っ面ではなく本気で考えるところから始めなければならない。


本日、午後に帰京する。新幹線の車中で読むために、鶴見俊輔が昨年上梓した『思い出袋』(岩波書店)をバッグに入れた。その中に、太平洋戦争時の心情について、味わい深い一文を見つけたので記したい。



「この戦争で、日本が負けることはわかっている。


日本が正しいと思っているわけではない。


しかし、負けるときには負ける側にいたいという気がした。」(p34「駆けくらべ」)



戦後の左派論壇で重鎮として鳴らした鶴見は、稀有なテクノクラートとして歴史に名を残した“大風呂敷” 後藤新平の孫だ。姉・鶴見和子もリベラルではあったが、天皇皇后両陛下には、深い崇敬の念を持っていたという。昔は、日本を護るのに、右も左もなかった。苟も日本人の血が流れているのなら、“譲れない一線”という矜持を皆、共有していたからだ。現代は、声だけバカでかい“ガキ”が、一人前の顔して偉そうに平和を説いている。あの愚物達が行き着く破滅に、巻き込まれるのは御免だ。我々の祖先は、冥界からいまの日本を見下ろして、いったい何を思うか。




想像力と恥を失くしたら、人間は終わりである。




日本を再び、“大人の国”にしなければならない。




我々人類の想像の絶するような景色が、来年の末には用意されているという。



心の準備だけは、万端にしておいてほしい。



今年も一年、八田におつき合い頂きありがとうございました。



来年も共に、希望への試みを続けましょう。




それでは、よいお年を。





平成23年12月28日  恩師の一周忌を前に

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1 :有明省吾 ◆BAKA1DJoEI @有明省吾ρ ★:2012/06/06(水) 02:57:43.17 ID:???0 ?PLT(12066)★谷垣自民党―責任野党の矜持を示せ「動かない政治」を前に動かす責任は、なにも民主党だけにあるわけではない。野党... ...続きを見る
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