人生は不測の連続・・・“誰のものでもない運命”を強い意志で切り拓こう

画像水曜から昨日までの話をしよう。水曜は早稲田で白石公子先生の『表現・芸術系演習33』を受講。前回提出した、水月昭道著『高学歴ワーキングプア ~フリーター生産工場としての大学院』 (光文社新書) の書評の講評である。今年の6月に西武新宿線で起きた爆弾テロ未遂事件が、研究職の夢破れた院卒者による社会への復讐心からきた犯行であったことを踏まえ、街に溢れる“フリーター博士”の救済を訴えた書評にしたが、今回は先生がかつてなく激賞してくださった快心の一作となった。授業後に先生と談笑すると、「あなたの書評を読んでいた他の学生さんは、みな目の色を変えて読み込んでいたわ」とおっしゃられていた。私の書評を読んで、大学院進学を止めた学生が何人もいたのだろうか。そうだったとしたら、それはそれで残念なことだ。近々、全文をこのブログででもアップしようか(追記・全文はこちら)。月曜にTM NETWORKのライブを観に行ったことを踏まえ、ご友人の杏子さんが籍を置いたバービーボーイズの再結成の可能性を尋ねると、「おそらく、ないでしょう」と寂しい答え。過去の行きがかりを越えて、かつての同志と心を通わせるという行為は、それぞれの人間的な器が大きくなっていないと実現しない。その境地に至らず消えていった友情が、この世には一体いくつ存在するのだろうか。


木曜日は6限の前に文学部カフェで夕食をと思い、そちらの方向に足を向ける。すると、見覚えのある美しい女性が食堂前に立って何やらビラを配っていた。以前スロープで対面鑑定を行った、文化構想学部のSさんだ。友人の吉田英史君が代表を務める『生命のメッセージ展』(写真)のメンバーで、今日は学生会館で講演会があるので足を運んでほしいという。その言葉に導かれ、授業は自主休講を決めて会館へと向かった。


学生会館地下2階へ到着。吉田君は白いTシャツで入口に立っていた。早速、講演会場の中に入る。西洋占星術師のユピテルジョージさんをはじめ、馴染みの深いスタッフの諸君が待機していた。『同世代遺族からのメッセージ』と題して、お兄さんを事故で失った児島菜友香さんのお話が始まる。兄・健仁(けんと)さんは7年前、バイクで学校への登校途中に、運送会社のトラックと衝突して18年の生涯を閉じられた。目撃者不在の中で、運送会社側の過失を訴えた交通裁判では、奈良地裁で無念の無罪判決。しかしその後大阪高等裁判所では逆転有罪を勝ち取る。その間、兄を失った深い慟哭と、自分に降りかかる心無い周囲の無神経な言葉に生活を翻弄されたそうだ。しかしそれを乗り越え、アメリカの大学を卒業していまは東京で一生懸命働いているという話には救われた。人間は、己の寿命をあらかじめ“あの世”で設定して生まれてくる(昨年の『なぜ、自殺をしてはいけないのか』の項を参照)。20歳に満たない短い人生を選んだ魂なら、その期限までに「一生懸命にこの世で研鑽を積もう」と精力的に人生を謳歌しようとする。短命に終わった生涯を送った人間が、「あんなにいい子はいなかった」と遺族や友人から惜しまれるのはそのためだ。だからこそ、我々は縁あって出逢えた人と誠実に向き合わねばならない。




小林秀雄が、『本居宣長』の中でこんな一文を書いている。


誰のものでもない自分の運命の特殊性の完璧な姿、それ自身で充実した意味を見極めて、これを真として信ずるということは、己の運命は天与のものという考えに向かい、これを支えていなければ、不可能ではないか



自分の人生を、己の運命をより良くするのは、自分の“心がけ”次第である。



自分の運命を切り拓くということは、他人の生活をも幸福にするという可能性を秘めているということ。



そんな生き方を目指しながら、来週も一週間、また共に頑張りましょう。


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